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ルドロジーとナラティブって何だ?

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ルドロジーとナラティブって何なんでしょうか?


E3 2013: シナリオで女性キャラを描くのは本当に楽しい−『BEYOND:Two Souls』デイビッド・ケイジ氏インタビュー(Gamespark)

―――日本にはストーリー主導型のゲームがたくさんありますが、多くの開発者がルドロジーとナラティブの融合について苦心しています。『BEYOND』では、それがうまくとられている好例のようにも感じられましたが、どのように配慮されましたか?

それはインタラクティブなストーリーを作る上ですごく重要だし、いつも挑戦をしています。ストーリーとゲームプレイのバランスに特効薬はありません。ただ開発を続けるのみです。何かアイディアが浮かんだらゲームに組み込んで、画面上でテストしてみます。そして狙い通りになっているか、ストーリーを阻害していないか、常にチェックしてみるのです。つまり何度も何度も繰り返しの毎日です。また、できるだけカットシーンを使わないことが大切です。できるだけ実際にプレーできるようにするのです。カットシーンを使ってしまうと、プレーヤーが他の選択ができなくなってしまいます。プレーヤーが「こうしたい」と思ってもそれができなければ、気持ちが冷めてしまいますからね。ストーリーとゲームプレイのバランスに本当に特効薬はないのです。ただ挑戦を続けるだけです。

(上記記事より一部引用)


ちなみに上記記事は翻訳記事ではなく、ゲーム批評などで知られ、今やIGDA日本の代表を務める小野憲史氏。小野さんがサラッと質問している、「ルドロジーとナラティブ」。無知な私には耳慣れない単語でした。色々と検索してみましたが、この文脈では端的に言うと「ルドロジーとナラティブ」とは「ゲーム性と物語性」ということのようです。というか、デビッド・ケイジ氏の回答の中に、「ストーリーとゲームプレイのバランス」とあるのでそのままでした。

ゲームをプレイする上での動因として、ゲーム初期から物語ほど大きくないものの設定が与えられていました。『インベーダーゲーム』では宇宙人が侵略してくるという設定があり、『スーパーマリオブラザーズ』ではさらわれたピーチ姫をマリオが救うという設定がありました。それがテーブルトークRPGやアドベンチャーというジャンルの登場でゲームをプレイさせるための装置でしかありえなかった設定が物語となり、次第に肥大化していきました。そして今やゲームの中心部分となっています。

しかしながら、ゲームをプレイすることと物語ることとはしばしば対立してしまいがちです。それはゲーム自体がプレイヤーの操作に対して一々反応するインタラクティブなものである一方で、物語を物語ることは基本的にはリニアな一方通行なものであるからでした。双方向のメディアに、一方通行なメディアを突っ込むので、それは対立します。一々反応しているのに、物語は基本的に一方の方向にしか進まないのです。しかもそれは本格的な物語を描こうとすれば描こうとすればするほど対立は激しくなります。

それは物語りを物語るメディアの王様である映画を考えれば、分かりやすいです。映画は120分の間、はじまりから終わりまで一直線に駆け抜けます。そこに観客が介入することは出来ません。しかしだからこそ、作り手が、語り手が語りたいことを観客に対して語ることが出来るのです。だからこそ、プレイヤーが介入することを前提としたテレビゲームではしばしば、物語が映画のように一方的に語られたりしてしまいがちです。

ゲームプレイ、言い換えればそれはゲームにおけるプレイヤーの自由度、と物語のバランスをどう取るかということは、長年考えられてきているようです。たとえば、世界的に大ヒットした『グランドセフトオートⅢ』では、ゲームプレイの自由度をこれまでに無いほど広げた一方で、物語を細かなミッションやカットシーンとして織り交ぜることで自由度を担保しながらも、壮大な物語を語ることに一応成功しました。ここで一応とした背景には、ゲームプレイの自由度と比べると、そこで語られる物語は相変わらずリニアな一方通行な物語であり続けたからです。


そんな中デビッド・ケイジ氏の前作『ヘビーレイン』(『Heavy Rain』)(2010年)では、複数の登場人物の視点から一つの事件を描きつつ、プレイヤーの行動によって物語が変わるという昔からあるアドベンチャーゲームにアクション製を加え進化させたゲームでした。ゲーム性と物語性が歩み寄った画期的なゲームでしたが、一方で脚本上の穴やインタラクティブだからこその物語の整合性にかける部分があったりと、多少残念な部分も多くあった作品でした。

そんな意欲的な作品を作ったデビッド・ケイジ氏の最新作が『Beyond : The Two souls』(2013年)。主演女優?にハリウッド女優のエレン・ペイジやウィリアム・デフォーを迎え、前作以上に物語ることへの情熱を感じさせます。ルドロジーとナラティブの融和を更に推し進めることになるのでしょうか。期待するばかりです。でもその前に今週日本でも『The Last of us』(2013年)がリリースされますよ!開発のノーティドッグもPS3の性能を生かして、これまでカットシーン、ムービーでしか表現できなかったスペクタクルなシーンでもカットシーンと見まごうグラフィックを駆使することで、カットシーンとゲームプレイの境界線を暈し、ルドロジーとナラティブの融和を推し進めてきたデベロッパーです。


そして飛躍しますが、次世代機、PS4、XboxOneではいったいどんなルドロジーとナラティブの融合が見られるんでしょうか。楽しみすぎますよ!

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少し忙しくなってきましたので、時間と心に余裕のあるときにゲームの情報を適当につづって行きます。翻訳とかはいい加減なので、話半分と理解してください。どうぞよろしく。

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